小網町短信
第10回 2013.11.15
◆デジタル復元された大藤信郎アニメ作品
10月19日土曜日の午後、六本木のアジア系の映画上映が多い映画館、シネマート六本木にアニメファンが集まった。
映文連が東京国立近代美術館フィルムセンターから申し出を受けて、アニメの先駆者・大藤信郎の『くじら』『幽霊船』の2作品のデジタル復元が行われ、完成をみたのが、今年の3月。あれから半年あまり、ようやく一般の方々にお披露目の機会が訪れた。
第26回を迎えた「東京国際映画祭」の3日め、『日本アニメーションの先駆者(パイオニア)たち~デジタル復元された名作』というプログラムで、デジタル復元された正岡憲三監督の『くもとちゅうりっぷ』(1943)と大藤信郎の上記2作品が35ミリフィルムで特別上映された。シネマート六本木は165席あるが、チケットは即日完売という人気ぶりであった。
『くもとちゅうりっぷ』上映前には、デジタル復元作業に関わった東京国立近代美術館フィルムセンターの大傍正規氏が、どんな修復をおこなったか、修復前と修復後の映像の違いを見せながら、デジタル復元について解説された。
正岡憲三監督の『くもとちゅうりっぷ』は、邪悪なクモがてんとう虫のかわいい女の子をハンモックに誘う。執拗につきまとうクモから逃れたてんとう虫の女の子はチュウリップに助けられ、そのうち、嵐になってクモは飛ばされてしまうというストーリー。ディズニー風の可愛らしい短編で、ミュージカル仕立て、親子で楽しめるアニメーション。太平洋戦争中、昭和18年の作品ながら暗さも感じさせず、動きも素晴らしい作品である。モノクロ映画だが、デジタル復元され微妙な諧調まで含めきれいに蘇った。
『くじら』『幽霊船』の上映前に、再び大傍氏が復元のポイント-復元の元素材の決定、ワークフロー、デジタル復元作業、そして納品・納期について解説された。
今回『くじら』の場合は35ミリデュープネガより、『幽霊船』は35ミリマスターポジを元素材にデジタル復元が行われた。復元には500年持つと言われる三色分解白黒銀画像ネガフィルムを使用しており、それを合成してオプチカルプリントに焼いている。さらに初めての試みとしてチャート情報をフィルムのデータとして焼き付けており、フィルムがなくなっても戻せるような仕掛けとなっている。2作品についても、修復前と修復後の違いが説明された。
特に『くじら』は、戦後まもなくカラーフィルムであり、退色が著しい。「色をどのレベルまで引き上げるか」は大きなテーマであり、大藤信郎の場合は、ほとんど個人作業であったため、当時を知る人がなく、大藤の撮影手法や用いた色セロファンの色などを参考に色彩の調整が行われた。
『くじら』は、嵐にあって一艘の旅船が難破し、大海原を漂流するイカダの上に生き残ったのは三人の男と一人の女。男たちが女の奪い合いを始めた時、一匹の大鯨が現れる。カンヌ映画祭でピカソも絶賛したという作品。そして、海賊に襲われた貴族の船が、まぼろしとなって現れ、海賊たちを狂わせ滅ぼす『幽霊船』。ヴェネチア映画祭で特別賞に輝いた大藤芸術の到達点とも言われる作品。
今みても古さを感じさせない、大藤の前衛的な手法のかずかず・・・。復元ポイントの説明を受けたうえで見ると、色の美しさについても目を奪われ、上映後には拍手が湧いた。
(写真:(C)(公社)映像文化製作者連盟 復元:東京国立近代美術館フィルムセンター)
興味深かったのは、正岡憲三と大藤信郎のアニメづくりの違いである。
アニメーターの山村浩二さんと東京国際映画祭事務局の田中さんのトークでは、正岡と大藤の生い立ちやアニメづくりの共通点やスタイルの違いについても語られた。
正岡の場合、制作はプロダクション形式で多数のアニメーターが参加したのに比べ、大藤は姉や姪の協力はあったといえ、ほとんど独力、個人スタジオで作り続けた。
京都出身の正岡は、日本のアニメを家内工業から企業へと転換したプロデュースの才能の持ち主。映画会社と契約して出資させ、流れ作業のシステムで作品を制作した。この作品も、延べ600人ほどのアニメーターが関わったという。対する大藤は、ほとんどの作品を独力で作り続けた。プロダクションメイドで、作画も演出も洗練され、子どもも楽しめる正岡作品に対し、時にはエロチックな場面や暗い部分もあるが、一人で自由に制作された大藤作品。山村さんは、大藤作品は子供向けではない、大藤はむしろ自分が楽しくて作っていたのではないかとも言われた。
その断片がその後に上映された初期の作品『のろまな爺』(1924/5分)にもみられる。田舎から出てきた爺が女のスリにあう、随所にブラックユーモアがちりばめられ、会場から思わず、笑いが漏れる。ぶっ飛んでいるストーリーで楽しめた。
もう1本、最後の作品となった『竹取物語』(1961/3分)も上映された。2年前、フィルムセンターで大藤信郎の回顧展が開催された時、山村さんはこの『竹取物語』を復元されている。発掘された大藤本人の作品は、千代紙を着物の柄にあしらい、背景も凝っていて、おじいさんとお婆さんが竹の中から女の子を発見する時の、おじいさんのコミカルな動作など、反復を重ね、動的な緊張感を醸し出していた。これが完成せず、大藤さんが亡くなられたのは本当に残念なことである。
今回は新たなに発掘された2作品が上映されたが、映文連では、2年前、大藤信郎の18作品を収めたDVD『大藤信郎 孤高の天才』(発売:紀伊國屋書店)を出している。アニメ関係者によって大藤作品の全貌が今もなお、少しずつベールを剥がすように明らかになっていくのは、とても良いことである。
東京国際映画祭での上映は、デジタル復元版が完成した時、どのようなお披露目をしようかと考え、東京国立近代美術館フィルムセンターと映文連、東京国際映画祭の共催で実現したが、来る12月8日から11日まで恵比寿・日仏会館ホールで行う「映文連 国際短編映画祭」において、初日8日(日)午後1時から、デジタル復元した大藤信郎の2作品『くじら』『幽霊船』を特別上映することになった。東京国際映画祭で見逃した方は、是非ご観賞いただきたい。
事務局 kiyo